2025年12月17日(水)〜2026年2月8日(日)の日程で開催される『バグスクール2025:モーメント・スケープ』。インディペンデント・キュレーターの池田佳穂が、「アートセンターの新しい可能性として」BUGとともに始動したアートプロジェクト「バグスクール」の3回目の開催となる。当プロジェクトの特徴としては、「グループ展であること」「会期中に数多くの参加型プログラムが実施されること」「展示作品の多くが購入可能であること」という3点が挙げられる。
単なる展覧会に留まらない複層的な構成になっているため、分かりづらく思えるかもしれないが、複数のプログラムに参加するために何度も会場を訪れるリピーターも増えてきているという。第3回の幕開けを前に、あらためて当プロジェクトの意義や、2度の開催を経て見えてきたことなどを、キュレーターの池田とBUGの責任者である花形照美が語り合った。2人の対談を通して、よりバグスクールの魅力を感じ取ってもらいたい。
2つのギャラリーから引き継いだもの
そもそも、なぜ作品を販売するのか。株式会社リクルートホールディングスは、BUG開設の前から「クリエイションギャラリーG8」と「ガーディアン・ガーデン」という2つのギャラリーを銀座の地で運営してきた。2023年に役目を終えた両ギャラリーだが、30年以上にもわたって活動してきた経験は、リクルートにとっても「大きな財産」になっていると花形は話す。
花形「2つのギャラリーでも、毎年末にチャリティー企画としてグループ展を開催していました。成功している著名なデザイナーたちと、『1_WALL』などの公募展から育った若手のクリエイターたちが、同じ舞台で競い合うことができるという魅力も、チャリティーであったからこそ。普段は別々の活動をしている2つのギャラリーが同じことに取り組むという年末のお祭り感もあった企画で、BUGでも引き継ぎたいという思いがありました」
日本を代表するクリエイターや優れたデザインを紹介するクリエイションギャラリーG8と、これからの活動が期待できる若いクリエイターを応援してきたガーディアン・ガーデンだが、チャリティーという一つの目的に、多様なクリエイターが参加するという年末にふさわしい一体感があったという。また、まだ実績の少ないアーティストたちにとっては、大御所と肩を並べて展示できるだけでなく、実際に作品が購入されることで大きな自信を得られる機会にもなっていたことだろう。その点でも、「キャリアの支援」を活動方針の一つに掲げるBUGと親和性が高い。
2つのギャラリーでの活動を「大きな財産」だと感じているからこそ、出展アーティストには『1_WALL』出身者など、以前からリクルートと関わりのあるアーティストも多い。また、パフォーマンスやプロジェクトをベースに展開しているアーティストなど、作品販売を積極的に行ってこなかったアーティストも、バグスクールには複数参加している。販売しやすいドローイングや彫刻作品などを扱うアーティストで構成することもできただろうが、展示会場が「アートフェアっぽい質感」になってしまうことを避けたと池田は言う。
池田「アートフェアでは、作品が主体になって、アーティスト本人の個性や制作背景が見えにくいように感じます。アートフェアもとても大事ですが、その枠組みに入らないアーティストにとっても、もっと有機的なアートマーケットが選択肢の一つとしてあっていいのでは。せっかくなら社会的な意義のあることに挑戦したいと考え、そういうことをこの企画の立ち上げ段階で提案しました」
大規模なアートフェアでは会期が短く、じっくりと鑑賞したりアーティストと対話したりする時間も限られるため、作品購入に特化した場になりがちだ。もちろん、そのための場所であり、それによって生活の糧を得ているアーティストも多いのだから、それは当然の光景だろう。反面、そういった活動を好まないアーティストがいることも頷ける話だ。その意味でも、前回開催の『バグスクール2024:野性の都市』に対して、数々の展覧会や芸術祭のキュレーションを手がけてきた小澤慶介が寄せたレビューに、『現代アートのエコシステムをさぐる実験室』というタイトルが付されていることは示唆に富んでいる。
制作の手前にある物語を伝える
「有機的なアートマーケット」、あるいは「現代アートのエコシステム」のあり方を模索するべく始まったバグスクールは、アーティストの顔の見えないオブジェクトが整然と並ぶ「アートフェアっぽい質感」にならないように、「うごかしてみる!」という身体性や運動性を想起させる言葉を第1回のテーマに設定した。参加型のプログラムを多数企画している点も、ただ完成品である作品を買って終わりになる関係ではなく、「制作の手前にある物語」を共有することを重視しているからだと池田は話す。
池田「前職の森美術館でラーニングプログラムの運営を担当するなかで、展覧会を補完するものではなく一つの独立したコンテンツであることに気がつきました。その経験から、よくある制作技法を体験するワークショップのような、アーティストが一方的に教える立場になるのではなく、相互に学ぶものがあるような、抱えている問いを一緒に見つめ直すようなものになるように心がけています」
展示内容と地続きでありながらも、一つのコンテンツとして楽しめる参加型プログラムを設計する。展覧会準備も同時進行で進めながらなので、その大変さは推して知るべしだが、出展アーティストからは「参加型プログラムをつくることで、自身の制作姿勢や制作をより深く理解するきっかけになった」という声も聞かれた。その経験を活かして、自身の展覧会でもワークショップなどのラーニングプログラムを組み込むようになったアーティストもいるという。
ワークショップなどの形態でなくとも、アーティストが在廊することで、鑑賞者と直接のコミュニケーションを取ることが重要だと考えていたと、花形も述懐する。幅広いテーマを扱い、文脈に依存した展開を見せてきた現代アートというジャンルにおいて、説明なしに理解することの難しさを、「私のリテラシーの問題かもしれないけど」と謙遜も交えながら訴えかける。
花形「東京駅に直結したオフィスビルにあるということもあり、普段あまりアートに触れる機会がなく敷居を感じる方も多く訪れます。初めは解説してもらわないと分からないけれども、一度でもアーティストの考えていることを知る経験があれば、他の作品を観るときにも想像力を働かせることができるようになると思います。現代アートの楽しみ方を多くの人に知ってもらいたいというBUGのベースにある考えを、もっとも体現しているプロジェクトであるかもしれません。
個展でなくグループ展であることも、現代アートに馴染みのない人にとって、どういう表現が自身の感性に迫ってくるかを知る機会として有用だろう。参加型プログラムでは、アーティストが社会に対してどのようなことを感じ、何を考えているかの片鱗を知ることができる。そして気に入ったアーティストの作品を購入するという体験も、バグスクールでは可能だ。アートセンターとしてBUGが示そうとしていることの「全部盛り」だと、花形は冗談交じりに語った。「お腹いっぱい」になる年末年始らしい幸福な雰囲気がバグスクールにはあるのだという。
アーティストは作品を販売しないといけない?
多彩な参加型プログラムを通して、アーティストの人となりを知った上で、その作品を買ってもらうのが「有機的なアートマーケット」の理想的な一つのかたちだが、必ずしも作品購入にすぐさま結びつく必要はないと考えている。「制作の手前にある物語」を実感として知ることで、そのアーティストの展覧会へと足を運ぶ人が将来的に増えれば、それもまた「現代アートのエコシステム」の豊かな実例といえるだろう。また、自身の作品を販売することを望まないアーティストも少なくないことが、背景にはあったようだ。
花形「BUGの開設準備段階から様々なアート関係者にヒアリングを行ってきたなかで、必ずしも自身の作品を販売したいと考えているアーティストばかりでないということも分かってきました。作品を我が子のように感じているアーティストもいます。それほど大切にしているテーマや表現を、誰かに共有してもらうために、どのように作品として切り出していくかということを池田さんには丁寧に取り組んでもらっています」
我が子にも等しい作品に、誰もが購入できるよう均質な値札を貼るのではなく、その「制作の手前にある物語」に共感してもらい、互いに「問いを一緒に見つめ直す」こと。いわば、そういう個人的で親密な約束の証のようなものとして、作品販売という行為を捉えることも可能かもしれない。アート作品を販売することについては、第1回の開催を振り返った記事『現代アート作品を販売するということ——アートプロジェクト「バグスクール」を参考に』も参考にしてほしい。
また、購入する側にとっても、貴重な経験となることを池田は重視している。アーティストの姿勢に共感し、その活動のための資金を提供することが唯一の目的であれば、グッズ販売やクラウドファンディングなどの選択肢もあり、作品販売である必然性はないだろう。鑑賞者に「作品を購入するという体験をしてほしい」と話す池田は、あくまで美術作品として展示空間を成立させることをアーティストに求めている。
池田「『手頃な価格で買える作品を作ってほしい』というような直接的なオーダーはしていません。たとえば映像作品なら、作品に登場するちょっとしたモチーフをグッズ化すればいいということではなく、アーティストと何度もキャッチボールをしながら進めていきます。望んでもいない作品を無理に作ってもらうのでなく、本人にとっても新しいチャレンジとなり、作品が人の手に渡るという経験が自信につながるようになればと思っています」
3回続けること:継続的な仕事の重要性
複数のアーティストとやり取りを重ねながら、展覧会と同時に参加型プログラムの準備も進めなければならない。キュレーターとともに仕事をしたことのない参加アーティストもいるなかで、プラン以前のアイデアまで丁寧なヒアリングを繰り返し、「私自身もアーティストと一緒に手探りで作っている感じ」だったと、1年目のことを池田は振り返る。参加アーティストや来場者からはおおむね好評だった反面、広報にまで手が回らず、初めは集客に苦戦したという。BUGとしてもオープンして間もない時期だったことも影響しているだろう。
花形「最初からは上手くいくとは思っていなかったので、少なくとも3回は続けようということは初めから決めていました。1年目はすべてが手探りで、アーティストだけでなくBUGのスタッフも池田さんにおんぶに抱っこといった状態でした。バグスクールとは、グループ展と参加型プログラム、作品販売を3本柱としたアートプロジェクトだという言語化が共有できたのが2回目です。コアがしっかりしてきたので、今回はもっと冒険できると思います」
「継続的な仕事の重要性」を花形が強調する通り、前回は参加型プログラムもほぼ満席となり、リピーターも生まれるなど、徐々に認知されてきている。また、池田も登壇したトークイベントに参加したキュレーター志望の学生が手伝いを買って出て、今ではアシスタントを務めるなど、継続してきたからこそバグスクールが「コミュニティ化」してきたと池田は言う。
池田「おかげさまで私も成長させていただきました。独立した直後から、BUGの皆さんとは仕事をご一緒させていただいています。独立後は単発の仕事も多く、色々と不安なことや悩むこともありますが、バグスクールでは一つ一つ積み上げられている実感があります。何が悪かったかや、どうすれば改善できるかという話し合いができる機会も、独立後は少ないのでありがたく感じています」
回を重ねるごとに、成長を続けているバグスクール。いよいよ3回目となる『バグスクール2025:モーメント・スケープ』が、2025年12月17日(水)にスタートする。今回は会期も少し長く、2026年2月8日(日)までの会期となっていることも自信や期待の表れだろう。「池田さんもますます挑戦をしてくれていて、BUGのスタッフも確実にプロジェクトマネジメントの力が高まっています。その舞台で、7人の参加アーティストが上手に踊れるだろうと考えています。バグスクールとして積み重ねてきたものが、躍動感として来場者の方々に伝わると嬉しく思います」と、花形は対談を締めくくった。

誰かがとても話を聞きたがっている人や、世間に対して何か言うべきことがありそうな人のところへお話を聞きに行って、文章にまとめることで収入を得ることが多いですが、人が書いた文章を読んで、どのようなかたちで人々に読んでもらうのがいいかを考える側に回ることもあります。また、自身のウェブサイトを持つ必要性を感じつつもどうしていいか分からないという人に、インターネットの仕組みを説明しながらウェブサイトの開設や更新を手伝うことで謝礼を得ることもあります。舞台作品を作る人の考えていることを聞いて、何か演出のヒントになるかもしれない話(それはたとえば、過去の美術作品の例だったり、思想家の考えだったり、歴史や伝承、あるいは自然科学上の知見だったりします)を紹介することが、仕事として依頼されたことも何度かありました。仕事用のメールアドレスはshimizu@karihonoiho.linkです。





