BUGでは2025年10月19日(日)まで、「第3回BUG Art Award ファイナリスト展」が開催されている。制作活動年数10年以下のアーティストを対象にしたアワードである「BUG Art Award」も3回目の開催となり、ますます多様なアーティストが参加している。本稿では、二次審査を経て選出されたファイナリストたちとその作品について、オープニングトークと、その後のメールでのインタビューを通しての言葉をもとに紹介する。

「次はどんな作品を作ろうかと思考を巡らすことができる状態に」(吉原)
──いよいよ開幕したファイナリスト展、今の心境は
会期2日目に開催されたオープニングトークでは、無事にインストールを終えたことに対する安堵がまずは見られた。漆を用いた絵画作品と立体のインスタレーションで展示を構成した沖田愛有美は、「インスタレーション部分については現場合わせで決める必要があったので不安を感じていましたが、結果的にしっくりくる配置にできました」と搬入を終えての心境を語った。高さのある側壁も有効に活用して、鑑賞者の「視線が循環する」ことを意識したという。
俳優として舞台作品への出演も行っている徐秋成は、「チェルフィッチュ」の公演のため、搬入直後から兵庫県豊岡市に滞在していたため、トークの日が開催後に初めて自分の展示を観る機会となった。また、会場入口にインパクトのある大作を設置した善養寺歩由は、東京ミッドタウンによるコンペティション「TOKYO MIDTOWN AWARD 2025」にも選出されたとのことで、「搬入日がもろかぶりで、ミッドタウンでの夜通しの作業のあと、少しだけ仮眠をとったらもうBUGの搬入に行かないといけなかったのが大変でした」と振り返る。搬入直前の制作も含めてほとんど寝られない日々が続き、「今はどう体を休めたら良いのか分からない」と振り返る。
本展の準備を終えて、「次はどんな作品を作ろうかと思考を巡らすことができる状態に」なれていることが嬉しいと語るのは、北米大陸にある五大湖をモチーフにした作品を展示している吉原遼平だ。幼少期を「絶望的な田舎町」で過ごしたという吉原は、山村の上空を飛ぶ飛行機を眺めては、この先にはどんな世界があるのだろうと想像力をたくましくさせていたという。GPS技術を用いた本作も、そのように遠くのどこかへと思いを馳せる作品といえよう。
「基本的には鑑賞者に解釈をゆだねたい」としつつも、五大湖の波間にたゆたう丸太を模したオブジェにはQRコードが記されており、鑑賞者は自らのスマートフォンでコードを読み取ることをうながされる。一見して何を表現しているか分からなかった展示でも、実際の五大湖がある方角を指し示す矢印に気づいたとき、「フィクションともいえる途方もない距離にあるものを、地続きに感じてもらえたら」と話す。
「場所への関心が強い」という吉原は、様々なジャンルや表現を行う複数のアーティストによるグループ展という本展について、「異種格闘技感は否めない」と指摘しつつも、「空間としてバランス」が良いという。「駅の広告を参照している善養寺さんの作品が手前にあることで、展示空間の外と内が隔れつつ繋が」ったことも、本展に良い関係性をもたらしていると言及した。

「他の方々の作品にどう影響を及ぼすかがずっと気がかり」(善養寺)
──多種多様な作品たちが、どう関係を結ぶのか
実際の東京駅の構内にあるデジタルサイネージのサイズを測って制作したという善養寺の作品は、都市に氾濫する広告イメージなどのメディア表象がどのように受容、あるいは消費されているかを問う内容になっている。生成AIに「広告にもよく起用されるような、透明感のある16歳くらいの少女」の画像を生成させるとともに、床面には「ニキビ」を人工的に自動生成する機械を並べた。
「過去に作られたものを学習してAIが画像を生成するという新しい表現が生まれた一方で、学習元となるイメージには、ニキビのように、人の手によって修正されてきたものがあります。生成AIが次世代の表現となることを考えたとき、そこから抜け落ちていくものが何なのかということを問題提起したい」と善養寺は語った。当初プランを変更して、高さのある作品になったことについて、「他の方々の作品にどう影響を及ぼすかがずっと気がかり」だったそうだが、他ファイナリストから好意的な評価を得られたことに「安堵するとともにとても嬉しかったです」という。
他ファイナリスト作品との関係が展示に効果を生むことのほか、プロのインストーラーに相談しながら設営プランを練ることができるのもBUG Art Awardのファイナリスト展の大きな特徴だ。自動で絵画を描く「ドローイングマシン」を展示している髙橋瑞樹は、「プロの照明チームの方と時間をかけて相談」できたことに触れて、「照明を利用してどう視線を誘導するのか考えるきっかけ」になったという。
巨大なLEDパネルを展示に使用している徐も、「インストーラーさんからは専門的なアドバイスをいただき、安心して展示することができた」とコメントしている。また、展示スペースの使い方としては、社会運動に関わってきた里央が、閲覧用としてZINEを設置したり、デモに関する情報を提供している点も印象的だった。差別や偏見といった切実なテーマを扱う出展作をただ鑑賞するだけでなく、そこから得られた感情や思考を、私たちの日常生活とつなぐものとなるだろう。東京駅直結のオフィスビルという好立地だけに、「運動に足を踏み入れる機会にしてほしい」と里央も率直に語っている。

「来場者と話をするなかで興味を持ってもらえたことが嬉しい」(沖田)
──東京駅直結のオフィスビルというユニークな立地
「このビルで働いてる社員の方々が、昼休みに作品の前に立ち止まり、ちょっとした休憩のひとときを過ごしてくれる姿が印象的だった」と、徐も立地について言及している。「常に人が行き交い、様々な目的を持つ人々が集まる場所」であることが「非常に良かった」という。作品の一環として、「巡礼」と称して毎日在廊することを宣言している髙橋も、「人を気軽に呼びやすい立地なので、改札で待ち合わせするかたちで何人かに来てもらいました」という。
一方で、普段は廃墟のような場所で展示することを好むという沖田にとっても、「開かれた場所への想像力」を構想する好機となったようだ。石川県の奥能登地方に伝わる祭礼「アエノコト」にインスピレーションを得たという本作では、失われてゆく豊かな自然や、人々がそこに見出してきた超自然的な存在といったものが表現されている。「漆を傷つけて、かさぶたになるはずの樹液を採って使う残酷な行為」であると、自身が取り組む漆の技法についてアンビバレントな態度も示す沖田だが、今なお続くアエノコトの農耕儀礼を再考することで、「ずっと関わりを持ちながら森と暮らすこと」を想像できるようになったと語る。
漆ならではの作品の特徴もある。「漆の酵素の影響で、作品は完成後も経年変化していきます。作品自体も動いている点を面白く感じています」と語る沖田だが、すべて新作で構成する本展の制作は「時間との戦いだった」と振り返る。湿度によって乾き方が大きく変わる漆だけに、梅雨に盛夏にと気候が様々に変化する時期で一層の苦労があったようだ。また、「開かれた場所」での展示は、沖田に鑑賞者との活発なコミュニケーションももたらした。漆の特徴や技法について、在廊中に来場者と話す機会を得たという沖田は「漆芸作家や漆に関わる職人も減少していますが、来場者と話をするなかで興味を持ってもらえたことが嬉しいです。希望になりました」と語る。
反面、多くの人が行き交う開かれた場所でのグループ展だからこその懸念を表明したのは里央だ。「BUGだけの問題だとは思ってない」と前置きをしつつ、「社会運動の現場では言われることのない」心ない言葉を投げ替えられたり、アイデンティティなどのセンシティブな話題が粗雑に扱われることが、美術の業界ではあると里央は指摘する。「作品がパブリックな場に置かれることでリスクを負っている」ことを挙げて、作品内に登場する他者や来場者の存在に触れながら、展覧会の現場に「どこまでケアを求めて良いのか分からなかった」という。自身の経験の少なさも踏まえて「会期中も探っていきたい」と話す里央に、BUGスタッフからも「気づいたことなどあればすぐ言ってください」と応答があった。

「直感でこれに応募するんだろうなと感じました」(髙橋)
──そもそもBUG Art Awardに応募する動機は……
オープニングトークでは、BUG Art Awardに応募した動機も話題となった。それぞれに事情は異なるが、グランプリ受賞者には個展が約束されていることが最大の理由だろう。グランプリ決定から約1年後に、設営撤去をあわせた作品制作費(上限300万円)と別途アーティストフィーの支給される個展をBUGで開催することができる。また、ファイナリスト展においても、制作費として上限20万円が支給される。
多くの若手アーティストに共通することだが、「東京都内での一人暮らしにはお金がかかる」と話す吉原は、アーティスト活動とは別に仕事をしながら作品制作に取り組んでいる。「グランプリに選ばれたら、お金をもらって制作ができる」ことがありがたいと志望動機を語る。地方を拠点に活動している沖田も、「多くのコンペティションが自費で設営しないといけないなかで、BUGでは金銭的な補助が受けられることも嬉しい」と続ける。
アルバイトの休憩時間に眺めていたSNSでBUG Art Awardの広告が表示され、「直感でこれに応募するんだろうなと感じました」と話すのは髙橋だ。大学卒業後、しばらく制作をしていなかったという髙橋は、美術大学に入った理由も「美術をやりたかったのではなく、ドローイングマシンを作りたかったから」だ。徹頭徹尾ドローイングマシンそのものにこだわりを見せる髙橋は、マシンの唯一の機能である描画行為よりも、「描画に直接関与しない無駄な動きこそ」を重視し、「目に見えない力を誘発する装置」としてマシンを捉えている。
一見無駄な動きに見える冗長性のほか、動作の手順が厳密に決められている厳密性や反復性という性質に「儀式的な動き」を見出す。マシンの198のプロセスや、アーティスト自身の行為を、ある種の儀式として、実際には「存在しないかもしれないけれど、この関係のなかだけは存在する」目に見えない何かを誘発できるのではないかと話す。マシンの材料のほとんどが、使用されることのないままに保管されていたデッドストック品であることも「どこで誰によって何のために使用されていたかという過去の痕跡を内包しないからこそ、何か秘められたものがある」と信じるために必要な要素となっている。会期を通して、展示タイトルにもある「壊れた時計の針が動き出す瞬間が訪れることを信じたい」と語った。
今年の春に大学を卒業した善養寺は、「所属がなくなった状態で、どのような活動が可能か色々と挑戦するなかで、コンペティションにも応募してみよう」と考えた。その結果、BUG Art Awardのほか、TOKYO MIDTOWN AWARD 2025のファイナリストにも選出されたことはすでに述べた通りだ。善養寺は「自分がされたら返答に困る質問なんですけど」と切り出しながら、影響を受けたアーティストや作品について他ファイナリストに尋ねた。

「自分は、アピチャッポンさんと共通するモチーフを扱っている部分があります。」(徐)
──ファイナリストが影響を受けたアーティストたち
『性的依存のバラード』などの作品で知られるナン・ゴールディンを挙げたのは里央だ。作品もさることながら、「プロテストなどを行い、活動家としての側面があった点」にもインスパイアされていると話す。アーティストであるかどうかにかかわらず、「今まで社会のために戦ってきたアクティビストたち」に影響を受けていると敬意を表した。
そのほか、「あえて漆の作家で」と沖田が紹介したのが、漆器作家の角偉三郎だ。中国やベトナムでは絵画として描かれる漆の表現に魅せられて始めた漆芸だが、精密な仕事が求められる工芸科で学ぶことには一方で難しさも感じていたという。そんななか、角の自由な表現を知ったことは、「救われた経験」だったと振り返る。アクティビストや工芸作家ではなく、もちろん現代アート界のスターアーティストからの影響を受けているアーティストもいる。吉原は、クリス・バーデンやガブリエル・オロスコ、ゴードン・マッタ=クラークなどの名前を並べた。
より身近な人々からの影響を表明したアーティストもいる。多摩美術大学の特任教授を務めていたことから知遇を得たアピチャッポン・ウィーラセタクンなど、実際に直接会って刺激を受けた人々に言及した。「自分は、夢や死後の世界、未来など、アピチャッポンさんと共通するモチーフを扱っている部分があります。また軍事政権下のタイで検閲などがある境遇」にも共感を示している。
夢や未来をテーマに活動する徐が本展で取り組んだのが「ポストメモリー」だ。先祖から伝わる話を何度も聞かされるうちに、実際には自身が体験していないことも記憶として継承される現象を指すポストメモリーをキーワードにして、日本神話の「国産み」を題材とした神話的世界とSF的未来の2つの時間軸で展開する映像によって作品は構成される。明るい空間での展示に際して、徐はプロジェクターではなくLEDパネルでの上映を選択した。「プロジェクターとLEDパネルの大きな違いは光源の位置です。カメラを向けるのではなく、モニターに向き合って制作した映像なので、正面に光源があるLEDパネルが媒体としても合っていました」と徐は話す。

「必要な人に届いたらと、切に願って」(里央)
──度重なる審査を経て、グランプリが決定
他アーティストの「美術作品を観ると体調が悪くなる」ことがあるため、あまり観ないようにしているという髙橋は、映画などから刺激を受けることが多いと話す。また、BUG Art Awardの審査員とのやり取りのなかで、楳図かずおの漫画『わたしは真悟』を紹介されたという。ロボットに芽生えた意識などを扱う同作について、「審査の直後に購入して読んだのですが、これを読んだことでマシンに愛着が湧くとともに関係性が深まった気がします」と述べている。
BUG Art Awardでは、セミファイナリスト選出者20名全員に対して、6名の審査員との1対1での審査が実施される。吉原も「自身のなかの複雑な状態をどうデザインして伝え」るか悩みつつも、新たな作品のアイデアや方向性について、「対話により自身にも新たな発見があり、有意義な時間でした」と述べる。審査を振り返って善養寺も「私自身が課題を感じていた点に言及されたことが痛くも」あったものの、ちゃんと指摘されたことに「安心感も感じました」という。
ますます苛烈さを増すパレスチナの現状などに対するアート界の動きに対して、「業界に失望してきましたが、その話を複数の審査員とできた上でここまで来れたことが良かった」とする里央だが、9月30日(火)に行われた最終審査においてグランプリの受賞が決定した。失望を覚えつつも、アートであるから「関心を持つ人もいるということを痛感し、そこに訴えかける可能性を捨て切れずに展示の構成を考えていました」と述懐する里央の声が届いたといっていいだろう。
ハンモックに座り、ヘッドフォンを装着して視聴する形態の映像に登場するのは、ドラァグキング風のメイクを施した2人の里央自身。音声には友人2人の会話が使われ、唇の動きをシンクロさせる「リップシンク」で、映像内の会話は進んでいく。発話を再現(Representation)することで、話者の経験に心を寄せると同時に、他者の経験を代弁(Representation)することの可能性/不可能性を里央は問うている。だからこそ、あえてリップシンクが中断されるシーンにこそ、大きな意味が生まれる。
「ブラックルーツを持つ2人の、肌の色にまつわる差別や偏見についての経験は、私には代弁することができないと考え、リップシンクをしない決断」をしたと里央は話す。また、イスラエルを支援する企業に対するボイコットを呼びかける「BDS運動」を踏まえ、会話内にしばしば登場する大手チェーン企業の名もリップシンクが拒まれている。「必要な人に届いたらと、切に願って」いると、里央は意気込みを見せた。
第3回BUG Art Award ファイナリスト展は、2025年10月19日(日)まで開催されている。ぜひ一度は来場してほしい。また、第4回BUG Art Awardの応募要項もすでに公開されているので、アーティストとしてのキャリアを志している人には、ぜひとも応募を検討してほしい。

誰かがとても話を聞きたがっている人や、世間に対して何か言うべきことがありそうな人のところへお話を聞きに行って、文章にまとめることで収入を得ることが多いですが、人が書いた文章を読んで、どのようなかたちで人々に読んでもらうのがいいかを考える側に回ることもあります。また、自身のウェブサイトを持つ必要性を感じつつもどうしていいか分からないという人に、インターネットの仕組みを説明しながらウェブサイトの開設や更新を手伝うことで謝礼を得ることもあります。舞台作品を作る人の考えていることを聞いて、何か演出のヒントになるかもしれない話(それはたとえば、過去の美術作品の例だったり、思想家の考えだったり、歴史や伝承、あるいは自然科学上の知見だったりします)を紹介することが、仕事として依頼されたことも何度かありました。仕事用のメールアドレスはshimizu@karihonoiho.linkです。