BUGでは、2025年2月2日(日)まで『バグスクール2024:野性の都市』が開催されている。昨年に引き続き、2回目の開催となるアートプロジェクト「バグスクール」は、多種多様な参加型プログラムを備えたグループ展であると同時に、作品を購入するという体験にも重点を置いている。2023年に活動を終えた2つのギャラリーでも毎年末に行われていたチャリティー企画を引き継ぎながらも、BUGの活動方針の一つである「キャリアの支援」に基づき、作品販売経験の乏しいアーティストに、その機会やノウハウを提供するものだ。売上は、アーティスト収入分、配送経費等を除いた全額が「セーブ・ザ・チルドレン」に寄付される。

本稿では、プロジェクトについてアドバイスを行ってきたギャラリストの山中俊広と、運営担当者の小林祐希とともに、第1回の活動を振り返ることで、特に作品販売に関することに考察を巡らせている。アーティストが現代アート作品を販売することの意義なども確認しながら、売買のために気をつけるべきことやバグスクールでの支援体制の実際について記録しているので、販売方法に悩んでいる人にも初めての作品購入を検討している人にも参考になれば幸いだ。

そもそも、なぜ作品を売るのか

アメリカ抽象表現主義を代表する画家のマーク・ロスコは、自身の作品を市場で販売することを我が子を売ることになぞらえていたという。作品がばらばらに展示されることを嫌ったロスコの意向のため、多くの美術館が購入を諦めなければならなかったことはよく知られる通りだ。また、そもそも芸術作品が金銭で取引されることに対して、抵抗感を覚える人も少なからずいることだろう。では、なぜ作品を売ることが必要なのだろうか。

山中「以前よりも、アーティストの活動というものが特殊なことでなくなったということはあると思います。資本主義社会にあって、作品を作ることに対する正当な対価として、金銭を受け取るのが当然という考えですね。それは展覧会に出品した作品の購入というかたちのほか、作品の制作依頼というかたちでされることもあります」

資本主義社会への異議申し立てとして作品制作を行うアーティストももちろんいるが、彼らの作品もまた多くが売買されていることを思えば、「好きなことをしているんだから」という文化的な活動に対するよくある偏見よりは至極まっとうな意見だろう。アーティストのみならず、アートに関わる仕事に携わるすべての人を「アートワーカー」と位置づけ、適切なパートナーシップを結ぶことを活動方針に掲げるBUGとも親和性の高い考え方といえる。

一方で、経済的な恩恵だけでない意義も山中は指摘する。それは作品が第三者に引き取られることによって、アーティストの想いがアトリエやギャラリーの中だけに留まらず、広く社会へと浸透していくことができるという点だ。

山中「展覧会は一過性のもの。お客さんは展覧会を一度観ただけでなく、その後も発表の度に作品や展示を観続けることにより、アーティストへの理解を深めていきます。そしてまた他の誰かに『面白いアーティストなんだよ』と広めてくれることもあります。さらに作品を購入した人は、モノとしての作品だけでなく、アーティストの思想も受け取っていると考えるべきと思います」

アーティストとしての最大の理想は、自分の作品が何百年先にも残り、多くの人の目に触れることではないだろうか。どれだけ良い作品を作っても、誰かの手に渡ることがなければ未来へと引き継がれることはない。大衆のための芸術を志し、資産家に所有されることを良しとしなかった岡本太郎などは特殊な例だ。また、死後に作品が発見されて大きな話題となったヘンリー・ダーガーなどにいたっては奇跡のようなものだろう。

作品は誰のもの?

ともあれ作品が後世に残るためには、人の手に渡る必要がある。では購入された作品は、その後どうなるのだろうか。バブルに湧いた1990年代の日本では、ゴッホやルノワールの絵画を莫大な金額で購入したある資産家の「死んだら棺桶に一緒に入れて焼いてくれ」という発言が、世界中のアートファンから激しい批判を浴びた。ロスコが聞いたなら卒倒しかねないが、所有権を持つ者は、その作品をどこまで自由に扱うことができるのだろう。

山中「すべてをコントロールすることはできません。小品などは、飾ってもらうことで役目を果たしたと考えることも大事だと思います。重要なのは、その時代時代での代表作の状況を把握しておくこと。でも多くの場合、代表作や大作を買ってくれるお客さんとは厚い信頼関係もできているでしょう。作品や金銭の受け渡しにおいては、普段から信頼関係を築くことが何よりも大切です」

それゆえに、山中はバグスクールへのアドバイスとして「丁寧である」ということを繰り返していたという。自分自身の想いのこもった大切な作品を取り扱っているということが伝わるように、かつリラックスした雰囲気のなかで作品にじっくりと対峙してもらうことを大事にしていると話す。売買なので契約ももちろん重要だが、バグスクールの運営を担当している小林は、販売に関してアドバイスを山中から受けるなかで「もっと固い契約書などがあるのかと思っていた」と振り返る。

小林「参加アーティストのなかには、かつて作品を販売した後に、フリマアプリで転売されているのを見つけてしまって悲しい思いをしたという人もいました。コマーシャルギャラリーではないBUGでは、販売した作品についてずっと管理をし続けることはできません。最低限の約束事を購入くださった方とアーティストで確認してもらい、個展開催時などには貸出できるように連絡先などを聞いています」

購入申込書や作品証明書などの書類作成については、BUGがアーティストとともに行い、留意事項については購入前にスタッフが説明する体制になっているという。それでも紛失や破損など、不慮の出来事は多々あるだろうが、たとえば改変した上での転売など、悪意のある行為は防ぐことができそうだ。先述の転売が発覚した参加アーティストからは「こういう書類があれば助かるなと学んだ」という声も聞かれたようだ。

セカンダリーマーケットの存在

一方で、山中は「転売というとネガティブなイメージがありますが」と前置きしながらも、アート業界における「セカンダリーマーケット」の重要性も強調する。経済的な事情などで、どうしても作品を手放さなくてはいけなくなることもある。一方で購入時よりも高価に販売できるかもしれないという期待は、更なる作品購入を後押しするものにもなる。

山中「アート市場は、一次市場のプライマリーマーケットと二次市場のセカンダリーマーケットで成り立っています。ギャラリーやアーティストから直接購入するプライマリーマーケットは作りたての作品を最初に売る場所、いってしまえば産直市場のようなものです。でもキャリアを重ねたアーティストの作品は、セカンダリーマーケットでも数多く取引されていくのが、一般的な市場原理です」

アート界のニュースが大きく報道されるものとして、値段の話がある。現代アート作品があまりに法外な価格で取引されることは、アートコミュニティ以外でもしばしば批判的な文脈で話題に上る。2023年にバスキアの作品が100億円にも迫る金額で落札されたことは記憶に新しい。半世紀前に遡って1973年、ニューヨークで初めて現代美術のためだけに開かれたオークション、通称「スカル・セール」では、スカル家が2500ドルで購入したロバート・ラウシェンバーグの作品『ダブル・フィーチャー』が9万ドルで落札された。当のラウシェンバーグは、その場でスカルに「私が心血を注いで創作したものがお前の利益になってしまうなんて!」と激怒したという。

オークションでのこういった熱狂はたしかに健全なアート市場を損なうものだろうが、実際には数多くの良心的なアートディーラーによってセカンダリーマーケットは支えられている。そうして複数の人の手を渡るなかで、作品の価値が知れ渡るとともにその金額も次第に高まっていくということだろうか。「セカンダリーマーケットの仕組みや存在を若いアーティストにも知ってもらえるような業界の環境が必要だ」と山中は話す。

では、価格はどのように決まるのか

戦後のフランスを代表する画家、イブ・クラインが1957年にミラノで開いた個展には、まったく同じに見える青一色のキャンバス11点が出品されたというが、サイズも同じそれら作品にはそれぞれ異なる価格が付けられていたそうだ。現代アート作品の値段という、頭の痛い問題について、ギャラリストやアーティストはどのように考えているのだろう。

山中「難しいですよね(笑)。伝統的な絵画では『号単価』があってサイズに比例して価格が上がったりもしますが、現代アートではその上昇率はゆるやかであることが多いです。私自身はアーティストのキャリアに合わせた価格設定を考えて常々対応しています。30代になったとか、美術館で展覧会を開催したとか、それまでに積み重ねてきた実績が価値を生みます。アーティスト側が、制作に費やした時間や材料費などで価格を決めようとしているときには、『プロダクトではないのでそれは違いますよ』と言います。適正な価格が付いていない展覧会などがあると、アーティストのキャリアに関わることなので残念に感じます」

業界外からは不可解にも思えるアート作品の価格だが、山中の発言は、オランダの社会学者オラーフ・ヴェルトハイスによる著書『アートの値段』(陳海茵・訳、2024年、中央公論新社)の内容とも一致している。値下げが極端にタブー視されるアート市場にあって、不当に高い価格設定はキャリアを潰しかねない。主にニューヨークとアムステルダムのプライマリーギャラリーを芸術社会学的な視点で調査したものだが、価格というものが単なる数字ではなく、人々に何かしらのメッセージを伝える意味を持っているということが明らかにされる大著だ。本記事で取り上げたスカル・セールのエピソードなども、本書に詳述されている。作品のプライシングに悩んでいる人だけでなく、アートに関心のある人ならば楽しめるだろう。

アーティストの本棚から学ぶ

バグスクールでは、ゲストキュレーターの池田佳穂と各アーティストが相談しながら、どんな作品をどのような価格で販売するかを決めているという。価格についてBUG側からの要請は基本的にないが、「有機的な作品購入体験」を目指していることもあり、体験プログラムとの連携を推奨しているという。

小林「バグスクールは、グループ展と参加型プログラム、そして作品購入が一体になったプロジェクト。それぞれが独立しているのではなく、鑑賞・体験・購入の3つの要素が繋がり合って構成されていることが重要。なので、参加型プログラムでも購入できる作品についてお話ししてほしいとはお伝えしています。参加型プログラムに参加することで、アーティストのファンになっていただいて、作品を購入していただけるのが理想です」

東京駅直結というビジネス街の中心にある立地から、小林は「普段は美術展示をあまり観ない人にもふらっと来てもらえる」という利点があるとも話す。第1回では、実際に参加型プログラムの参加者が作品購入を決意したという話に、山中も「バグスクールの一番の醍醐味ですね」と喜びを表した。「ただ作品を見るだけでなく、アーティストのもっと深いところを知った上で購入できるのは素晴らしい」と話す。

小林「アーティストのことを深く知ってもらう仕掛けとしては、キュレーターの池田佳穂さん提案の『ラーニングスペース』というものも用意しています。普段どういうことを考えているのかが分かるように、アーティストが選んだ本を本屋さんのようにポップを付けて並べています。これがかなり人気で、前回はずっと本を読んでいる方もいました」

友人の本棚が気になるのと同様に、作品というアウトプットだけでなく、どういったものをインプットしているかを知ることは、その人がどういう人かを知る上でとても信頼できる情報源だ。「スクール」の名前通り、アーティストとともに学ぶ場所になっている。カフェで注文したドリンクも持ち込めるので、ぜひゆったりと過ごしてほしい。

アーティストの活動に賛成票を投じる

また今回からは、ラーニングスペースを使って、いくつかの作品について購入後の展示例も紹介するという。作品を手に入れたら部屋に飾りたくなるのは当然だが、一方で山中は作品を買うことが、必ずしも飾ることとは一致しないとも話す。

山中「根本的な動機として、『良い展覧会を観せてもらったから今後も活動を頑張ってほしい』と作品を購入するほかにも、その展覧会を体験(鑑賞)した記録として作品を何か一つ持って帰りたいというコレクターの方もいらっしゃいます。実用的なインテリアとしての側面と、アーティストに対する支援という側面が、同時並行で見えると良いなと個人的に思います」

「作品を購入した人は、モノとしての作品だけでなく、アーティストの思想も受け取っている」という山中の言葉を思い出すならば、作品を購入するというかたちで、アーティストの活動に賛成票を投じることは理にかなっているといえるだろう。作品を飾ることだけが、アーティストと想いを共有する方法でないというのは納得だ。

以上のことを踏まえると、バグスクールで試みられていることは、作品購入を通じて、アーティストと支援者が深い信頼関係を結ぶことだと考えられるかもしれない。前回のバグスクールを終えて、アーティスト側からも「買ってくれる人の顔が見えて、交流できるというのは新しい体験だった」「今後の活動の原動力になる出会いがあった」など、評価する声が寄せられているという。

山中「リクルートさんのような大企業が東京のど真ん中で、このようなオルタナティブな動きをしていることには、とても関心を持っています。1年や2年ですぐには大きな成果は出ないかもしれませんが、続けていくことで意義のある展開が得られるよう期待しています」


清水康介
清水 康介/Kosuke SHIMIZU

誰かがとても話を聞きたがっている人や、世間に対して何か言うべきことがありそうな人のところへお話を聞きに行って、文章にまとめることで収入を得ることが多いですが、人が書いた文章を読んで、どのようなかたちで人々に読んでもらうのがいいかを考える側に回ることもあります。また、自身のウェブサイトを持つ必要性を感じつつもどうしていいか分からないという人に、インターネットの仕組みを説明しながらウェブサイトの開設や更新を手伝うことで謝礼を得ることもあります。舞台作品を作る人の考えていることを聞いて、何か演出のヒントになるかもしれない話(それはたとえば、過去の美術作品の例だったり、思想家の考えだったり、歴史や伝承、あるいは自然科学上の知見だったりします)を紹介することが、仕事として依頼されたことも何度かありました。仕事用のメールアドレスはshimizu@karihonoiho.linkです。

山中俊広
ギャラリスト/キュレーター

1975年大阪生まれ。大阪府立大学経済学部卒業。大阪芸術大学大学院芸術文化研究科博士前期課程修了。
ギャラリストの活動として、「YOD Gallery」ディレクター(2008-11年)を経て、2013年に大阪市此花区にコマーシャルギャラリー「the three konohana」を開廊し、今年で10周年を迎える。
2012年よりフリーランスでのキュレーターの活動を始め、これまでの主な活動に「HUB-IBARAKI ART PROJECT」チーフディレクター(2019-22年)、「飛鳥アートヴィレッジ」プログラムコーディネーター(2013-19年)、「奈良・町家の芸術祭 はならぁと」アートディレクター(2014-15年)など、関西の複数の芸術祭・アートプロジェクトで全体統括を担当するディレクター職のほか、「大阪アーツカウンシル」委員(2018-21年)などを経て、現在は2023年より「大阪芸術大学博物館」の学芸員に就いている。
また、大阪芸術大学芸術計画学科と近畿大学文芸学部文化デザイン学科で非常勤講師として、それぞれアートマネジメントの科目を担当している。