アフリカのケニアの首都ナイロビに100万人以上の人たちが住むキベラという名のスラムがある。そこには水道、下水道はない。つまりトイレなどの生活インフラが未整備で、衛生状態の悪い中に多くの人たちがひしめきあって住んでいる。多くの住民は貧困層で、犯罪も多発しているという。多くのアフリカの都市は急速な人口流入に対応できず、各地でスラムが生まれているのだそうだ。キベラはアフリカ最大規模のスラムで、世界中のメディアのカメラがそこに住む人達の生活を伝えてきた。

そんなスラムに住む人たちがカメラを手にして自分たちの住む街を撮影し、その写真や映像作品を展示するユニークな展覧会が開催された。題して「語られてきた私から、語る私へ」。今まで、メディアの取材対象だった人たちが、発信者になるという試みだ。この企画を考え、現地で撮影者をリクルーティングし、キュレーションもこなしたのが坂田ミギー。彼女はかつて僕の立ち上げた博報堂ケトルという広告会社でプランナーとして働いていた。一見、覚めた目で世の中を見ているような感じもするんだけれど、ハードルの高いチャレンジングな企画になりふり構わず取り組む熱いところもある人だった。休みになるとバックパッカーとして世界をほっつき歩いていた印象もある。ネバダの砂漠で開催される「バーニングマン」での体験を嬉々として語っていたのを覚えている。

そんな彼女がある日、アフリカ最大のスラムであるキベラの魅力に取りつかれた。犯罪や麻薬などさまざまな問題をかかえるエリアだが、そこには今の日本に感じられない躍動感、なんの根拠もないけれどなんだか明日は良くなりそうな期待感があって、そんな空気が彼女のセンサーを刺激したんだと思う。何かが起きそうな予感に感化されたのか、彼女は会社を辞めてアパレルブランド「SHIFT80」を立ち上げた。このブランドの服はキベラで縫製され、分配できる利益の80%をアフリカに還元している。アパレルブランドを立ち上げるだけでも大変なのに、アフリカで製造し、その上、エシカルな活動にも挑戦するのだというのだから驚いた。大丈夫なのかとも感じたが、それほどキベラには彼女を惹きつけて止まない何かがあるのだろうということもわかった。

そのブランドのファッションシューティングは当然キベラで行われた。もちろん、スラムにモデルがいるわけじゃない。モデルは全員素人になる。キベラに住むティーンエイジャーたちだ。その一人がヴィンセントという若者だった。彼は撮影にやってきた日本人フォトグラファーの仕事を垣間見て写真の魅力に目覚めたという。

“なんて素敵な瞬間を写真は捉えることができるのか”。(彼の頭の中の想像)

坂田はその後も何度かフォトシューティングをキベラで行ったが、ヴィンセントは撮影のアシスタントを申し出るようになったという。そして、坂田はキベラの魅力を伝えるために、キベラに住む人たちを撮影者にし、その作品を発表することを思いつく。

スラムに「カメラマン募集」のバナーが貼り出された。今までカメラを持ったこともない、そんな“にわかカメラマン”たちが集まった。もちろん、ヴィンセントも応募した。坂田は彼らにカメラを貸し出し、撮影方法を教えた。カメラは盗まれてしまうだろうという忠告もあったそうだが、まとめ役のヴィンセントのおかげなのかそういうことはおきなかった。そして、彼らが撮影した写真や映像作品は東京駅八重洲口のアートセンター〈BUG〉で開催された「語られてきた私から、語る私へ。」で展示された。リクルートの運営するこのアートセンターは東京駅八重洲口を降りてすぐ。東京とアフリカ最大のスラムが「どこでもドア」のようにつながった感覚の展示だった。

BUGはアートワーカーを育てるために、「CRAWL」というアートプロジェクトを企画するプログラムを開催している。これはなかなかおもしろい取り組みだ。作品をつくるアーティストやクリエイターではなく、アートプロジェクトの企画者を育てる座組なのだ。坂田は、アフリカのスラムのカメラマンたちの作品を展示する企画でこのプログラムに参加し、彼らの作品を展示する機会を得た。

かくして、ヴィンセントの写真は、自分が行ったことも、見たこともないアジアの大都市で展示された。彼の撮った写真は明るい。グリーンやレッドの原色の服を着たスラムの人々を撮影しているのだが、それは現状に対する怒りからなのか、未来へ発展するアフリカの希望からなのか、エネルギーを感じる写真だった。 そして、なんと、展示期間中にヴィンセントが来日する機会もあったと聞く。初カメラ撮影から初展示、そして、初めての飛行機、初めての海外と、あれよあれよという感じで話は進んでいったはずだ。彼が東京で撮った写真を見てみたい。東京の街に希望は写っているのだろうか。



嶋浩一郎/Koichiro SHIMA
クリエイティブ・ディレクター/編集者

博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEO。編集者・クリエイティブティレクター。
1968年生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」編集ディレクター。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。
カルチャー誌『ケトル』の編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。2012年東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。
編著書に『CHILDLENS』(リトルモア)、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)、『企画力』(翔泳社)、『このツイートは覚えておかなくちゃ。』(講談社)、『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方』(誠文堂新光社)がある。