キベラ“スラム”から見つめる世界
語られてきた私から、語る私へ。
本展では、キベラでのオーディションを経て選ばれた12名の作品を展示します。

<BUGでの展示に向けて>
写真を始めたのは、それが私の情熱であり、私を幸せにしてくれるからです。文化的な写真撮影に情熱を持っています——周囲の人々やコミュニティの豊かさ、伝統、日常の美しさを捉えること。写真は、語られないかもしれない物語を保存・共有し、毎日見ている文化と人間性を讃える方法を与えてくれます。

<BUGでの展示に向けて>
1.私は好奇心と、物語を視覚的に伝えたいという思いから写真を始めました。練習として始めたことは、やがて自分のまわりの世界を理解し、記録するための方法になりました。
2.私は感情や人と人とのつながりを表現することに情熱を持っています。私の作品は、現実味のある、誠実な瞬間を捉えることに焦点を当てています。
3.私にとって大切なのは、そこに在ること、そして成長し続けることです。意味のあるつながりや継続的な学び、日常の小さな出来事に目を向けることを大切にしています。
4.限られた機材は、私に工夫と意図を持つことを促します。技術的な不足よりも、物語や構図に集中するよう心がけています。
5.この機会は、私にとって可視化、成長、そしてつながりを意味します。自分の経験を分かち合い、作品を通してコミュニケーションを図る貴重な機会です。

<BUGでの展示に向けて>
私は好奇心から写真を始めました。自分の身のまわりにある美しさを捉えたいという思いと、それを表現する手段として写真を選びました。
私は自分の環境や人々、そして自分が育った場所にあるまだ語られていない美しさに強い情熱を持っています。キベラは、素晴らしい風景や才能、多様な民族性に満ちた、美しいキャンバスのような場所です。
私の日常生活で最も大切に感じているのは、キベラで暮らす人々が、日々直面する困難や壁を乗り越えながら、自分たちの道を切り拓いている姿です。

<BUGでの展示に向けて>
私はずっと自分を俳優だと思っており、2019年に高校を卒業した後、演劇グループに参加しました。ディレクターはいつも忙しくしていましたが、ちょうどモバイル映画コンペティションの機会が訪れ、私はそれを大きなチャンスだと感じました。そこで自ら脚本を書き、忙しいディレクターに代わって俳優たちを集め、クルーと話し合い、最初の映画を撮影しました。私は監督も主演も含め、すべてを担当していたため、最初の作品は決して素晴らしい出来ではありませんでした。しかしそのとき、自分はストーリーテラーなのだ、そして映画を生み出すことが得意なのだと気づきました。そこで多くの変更を加えて再制作し、私は作品づくり全体を担いました。そして、私たちは初めての賞を受賞しました。
私は、自分が生まれ育った場所の物語を語ることを愛しています。アートは人々の日常生活に大きな影響を与える力があると信じています。人は目にしたものや聞いたものに影響を受けるものです。だからこそ、観客を楽しませながらも学びにつながる作品を届けたいと思っています。
機材が十分でなくても、映画への愛は私が直面する困難よりも大きいものです。そのため、私は自分のアートに多くの時間と情熱を注いでいます。
この展示は、新しい人々と出会い、ネットワークを広げ、自分の物語を世界的な舞台で共有する機会です。私の映画がキベラで撮影されていることは、私たちがどのような人々であるかを温かく伝える視点を与えてくれます。

<BUGでの展示に向けて>
私は子どもの頃から持ち続けてきた好奇心と創造性から、写真を始めました。キベラで育つ中で、私はいつも絵を描いたり工作をしたりしており、学校ではアイデアを視覚的に形にする役割を任される存在でした。その後、写真という表現に出会い、それは私の創造性をさらに広げる強力な手段となりました。写真は、瞬間を捉え、それを記憶として残すことを可能にしてくれました。一枚の写真を見るだけで、人がその瞬間に戻り、再び体験できるような時間を生み出せると感じたのです。
私は、日常のリアルな物語を伝えることに情熱を注いでいます。見過ごされがちな日々の暮らし、レジリエンス(困難を乗り越える力)、感情、美しさを表現したいと考えています。私の背景は世界の見方を形づくっており、特に自分のようなコミュニティから、真正性と人間らしさを伝えることを目指しています。
日々の生活で大切にしているのは、創造性、成長、そして目的意識です。学び続けること、好奇心を保つこと、小さな瞬間の中に意味を見出すことを大切にしています。これらの価値観が、私の生き方と作品づくりの指針となっています。
限られた資源の中でも、私は工夫を重ねながら制作を続けています。借りた機材や最小限の装備で仕事をすることも多く、高価な機材よりも、自分の視点や創造性、ストーリーテリングに頼ってきました。そうした制約は、私により意図的で革新的な表現を促してきました。
今回の展示とこの機会は、私にとって大きな意味を持っています。それはキベラを越えて自分の視点を共有し、クリエイターとして成長し、力強い物語や才能はどこからでも生まれるのだと示す機会です。単なる発表の場ではなく、インパクトや表象、そして持続可能な創作の歩みへとつながる一歩だと感じています。

<BUGでの展示に向けて>
1.私は2010年、大学に入学して間もなくこの仕事を始めました。世界に向けてキベラのポジティブな物語を伝えたいと思ったことがきっかけです。
2.特にスラム地域出身のケニアの若者やティーンエイジャーたちのレジリエンス(困難を乗り越える力)を伝え、彼らが自分の才能を活かせば頂点に立つことができるのだと励ましたいと思っています。
3.今日が良い日でなくても、きっと明日は良くなるという前向きな姿勢を大切にしています。決してあきらめないこと。
4.私は常に、持っているものが少なくても大きな影響を生み出せると信じてきました。自分がよりどころにできる何かを持つことが大切です。
5.この機会は私にとって大きな意味があります。世界中、特に日本の多くの人々が、私のアートを通してキベラとつながる機会を持てることを知っているからです。

<BUGでの展示に向けて>
私は2024年に映画制作を始めました。声に出しては言えなかった自分の思いを表現する方法を探していたからです。成長する中で、物語には力があると気づきました。私の出身地であるキベラのような場所では、多くの物語が誤解されたり、無視されたりしています。私は最高の機材を持っていたからではなく、伝えたいことがあったからカメラを手に取りました。映画は、私の言語になったのです。
最初は好奇心でした。感情がどのように映し出されるのか、沈黙がどのように語るのか、ひとつのシンプルなフレームがどのように真実を運ぶのかを理解したいと思いました。やがてその好奇心は目的へと変わりました。Mkalino Filmsを通して、『My Brother』『Kanairo Circus』『Sweet Lemon』『Who Is He』『Chorea』といった作品を脚本・監督・制作し、アイデンティティ、葛藤、人間性、尊厳を映し出す物語を届けてきました。私は、現実味のある物語、ステレオタイプに挑み、見出しの背後にいる人々の奥行きを示す物語を語ることに情熱を注いでいます。
私が作品づくりで最も大切にしているのは誠実さです。単なる娯楽のためではなく、影響を生み出すために創作したいと考えています。ナイロビでも東京でも、世界のどこであっても、私の映画を観る人が、自分の経験したことのない人生に心を通わせてくれたらと願っています。私にとって映画は、架け橋なのです。
日々の生活で大切にしているのは、精神的にも創造的にも、そして人としても成長し続けることです。規律、信仰、そして継続が私を支えています。資源が限られていても、ビジョンは制限されるべきではありません。スマートフォンで制作したことも何度もありますが、制約が創造性を止めたことはありません。むしろ、それは私の表現を研ぎ澄ませてきました。多くを持たないときこそ、物語、演技、感情に集中することを学びます。そこにこそ、本当の映画が生きているのです。
この展示は、単なる発表の機会以上の意味を持ちます。それは肯定であり、私の出身地から生まれる物語が世界的な舞台に値するという証です。そして、コミュニティの若いクリエイターたちに、自分たちの声にも価値があると伝えるものです。キベラを越え、東京のような場所で作品を共有できることは、芸術に国境がないことの証でもあります。
この機会に心から感謝しています。これは私一人の成果ではなく、私を信じ、共に制作し、カメラの前で真実を分かち合ってくれたすべての人々のものです。
ありがとうございます。

<BUGでの展示に向けて>
正直に言うと、私は偶然のような形で写真を始めました。子どもの頃から写真家や映画制作者になりたいと思っていたわけではありません。自分の身のまわりやコミュニティ、そして自分自身を理解しようとする中でカメラを手に取ったのです。やがてそれはひとつの言語になりました。人に寄り添い、遮ることなく耳を傾け、多くの人が通り過ぎてしまう瞬間に目を向けるための方法になったのです。
私が最も情熱を注いでいるのは、日常を表現することです。劇的な日常ではなく、静かな日常。厳しい状況の中でも人が尊厳を保って生きている姿。小さな仕草の中にあらわれる愛情。圧力の中でも生き続ける文化。印象的である前に、まず人間らしさを感じられる物語に心を惹かれます。
日々の暮らしの中で私が大切にしているのは、「そこに在ること」です。人に対して開かれていること。自分の住む地域を歩くこと。話すよりも聞くこと。好奇心を持ち続けること。そして、なぜ作品をつくるのか、誰のためにつくるのかについて自分自身に正直でいることです。
私の作品の多くは、限られた、あるいは借りた機材で制作されてきました。時にはスマートフォン、時には共有のカメラ、また時には撮影環境に十分適しているとは言えない機材を使うこともありました。しかし私は、作品を形づくるのは「機材へのアクセス」ではなく「どれだけ注意深く向き合えるか」だと学びました。人に十分に近づき、瞬間に対して十分に忍耐強くあれば、道具は二次的なものになります。
この展示と機会は、私にとって大きな意味を持っています。職業的な意味だけでなく、個人的にも。それは自分の見方を信じ続けてよいのだという許しのようなものであり、私の出身地から生まれる、ありふれた、ローカルで、磨き上げられていない物語こそが、空間と配慮、そして真剣なまなざしに値するのだという証でもあります。

<BUGでの展示に向けて>
私はいつも、私たちの物語にはふさわしい居場所があるべきだと信じてきました。外部の人々によって語られ続けてきたコミュニティで育つ中で、まるで自分たちの日常を説明する義務があるかのように感じることがありました。この6年間、私は自己探求の旅を続けながら、自分のコミュニティについて、そしてなぜそこを「故郷」と呼ぶことを愛しているのかを学んできました。
写真やストーリーテリングは、周縁化された声を後押しするために使うことができると私は信じています。それは、実際に生きられてきた経験を感情を伴う表現へと翻訳し、自分自身やコミュニティのためにどのように声を上げたいのか、その想いを届ける機会を与えてくれました。
より多くのリソースにアクセスできるようになった今、振り返ってみると、制約こそが私の芸術的な歩みを前に押し出してきたのだと気づきます。自分の視点から見た「故郷」を共有したいという思いは、技術的な条件が整っていないときでさえ、原動力となってきました。
また私は、この才能に奉仕するように自らを差し出すことで、「翻訳者」という役割を担うことができるのだと学びました。この展示は、異なる人々に生きられた経験を分かち合うという私のビジョンをさらに広げる架け橋となるものです。そして、私たち自身の物語を思いやりとともに語り、伝える権利があるのだという、集団としての呼びかけに加わる機会でもあります。

<BUGでの展示に向けて>
私は2007年の選挙後暴動をきっかけに、写真と映像の活動を本格的に始めました。そのとき、主流メディアによって私の故郷キベラが誤って描かれていると感じたからです。
私の作品は、キベラの本当の姿を伝えることを目的としています。私たちが経験している成功や困難、そしてキベラで暮らす一人ひとりのごく普通の日常を写し出そうとしています。
たとえ機材が限られていても、自分のコミュニティを語り続けることは大切だと感じています。
今回の展示を通して、主流メディアや国際メディアが暴動などの出来事があるときにだけ訪れて伝えるイメージではなく、キベラでの本当の暮らしとは何かを、外の世界により深く理解してもらえる機会になればと願っています。

<BUGでの展示に向けて>
どのように始めたか
高校生のとき、将来何をするべきかまだ決められずにいました。コンピューターも好きでしたが、それ以上に写真に惹かれていました。以前、SHIFT80のモデルとして参加したことがありますが、カメラの前に立つよりも、カメラの使い方を知りたいと思うようになりました。学校を卒業し、ウェブ開発のコースを修了した後、Kiberactionに参加しました。そこでは日本から寄贈されたカメラを使ったワークショップが2025年4月に開催され、私はそこで基礎を学びました。それ以来、毎日練習を続け、YouTubeを見ながら技術を磨いています。すでに最初の映画を完成させ、次の作品に向けて準備ができています。
私の情熱
私は、人生の本当の姿を伝えたいと思っています。今の多くの映像は、どこか作り物のようで、AIで生成されたように見えます。私はカメラを通して、建物の佇まい、街の空気感、異なるコミュニティの人々の暮らし方など、現実の中にある美しさを見つけたいのです。人々が流行ではなく真実を見ることができるよう、誠実な作品をつくりたいと思っています。
日々の暮らし
私は毎日、何か新しいことを学ぶことを大切にしています。夜は編集のチュートリアルを見たり、映画からアイデアを得たりしています。また、マゴソスクールを手伝うことも私にとってとても重要です。コミュニティに還元することは、アーティストとして成長する中で、私の足元を支えてくれています。
借りた機材での制作
現在、自分の機材は持っていません。Kiberactionから必要なものを借りて制作しています。これらのツールを使ってプロフェッショナルな仕事をし、収入を得ることが今の目標です。そうすることで資金を貯め、いつか自分自身のカメラや機材を購入したいと考えています。
この機会の意味
この展示は、私の人生で最も大きな出来事です。MasachやTsuneさんから学んだ、日本の文化や世界の見方に対して、私は深い敬意を抱いています。自分の物語が世界の別の場所にいる人々の心に届くかどうかを確かめるチャンスです。自分のスタイルと彼らの感性をつなぐことができるのは、夢が叶う瞬間です。

<BUGでの展示に向けて>
私はケニア・キベラのコミュニティで写真を始めました。正式な訓練や高価な機材から出発したのではなく、身のまわりの本当の物語を伝えたいという強い思いと好奇心から始まりました。あまり知られず、正しく理解されていない力強い人生や葛藤、才能を数多く目にし、それらを記録する責任を感じたのです。
私の作品では、真実、尊厳、そしてレジリエンス(困難を乗り越える力)を表現することを大切にしています。子どもたち、若者、アーティスト、家族、地域の人々の日常に焦点を当て、同情を誘うためではなく、ステレオタイプを超えた強さや人間らしさ、そして希望を伝えることを目指しています。私の表現の軸にあるのはドキュメンタリー・ストーリーテリングであり、写真や映像を通して、人々に伝え、学びを促し、つなげることを大切にしています。
日々の生活で私が何よりも大切にしているのは、コミュニティ、誠実さ、そして目的意識です。物語には、人と人との見方を変える力があると信じています。だからこそ、撮影する人々への敬意を忘れずに生きるよう心がけています。信頼、忍耐、そして耳を傾ける姿勢は、私の制作プロセスにおいて欠かせないものです。
私はしばしば、限られた、あるいは借りた機材で制作を続けています。共有のカメラや最低限の機材、その時に使えるものを活用することもあります。そうした制約は、技術ではなく、物語やタイミング、感情により意識を向けることを教えてくれました。同時に、私をより創造的でしなやかな表現者へと成長させてくれました。
今回の展示とこの機会は、私にとって大きな意味を持ちます。日本で作品を紹介できることは光栄であり、キベラの物語が世界にとって意味を持つことを改めて実感する機会でもあります。これは私のコミュニティに声を与え、見過ごされがちな物語を語り続ける励みとなっています。この作品が、文化を越えた理解とつながりを生み出すことを願っています。
