BUGでは2024年10月20日(日)まで、「第2回BUG Art Award ファイナリスト展」が開催されている。制作活動年数10年以下のアーティストを対象にしたアワードである「BUG Art Award」は、一次審査で選出されたアーティストに向けて、展示プランの作成方法をレクチャーするなど、審査過程においてもアーティストの成長に関与し、応募アーティストのキャリア支援に重きを置いている点に大きな特徴がある。セミファイナリストに選出されたアーティスト全員に対して、すべての審査員が1対1での対面審査を行うのも、他のコンペティションではなかなか見られないプロセスだろう。
審査プロセスについては、「応募状況・審査の選考経緯レポート」のページに詳しいが、本稿では二次審査を経て選出されたファイナリストたちが展覧会をつくるにあたって、審査員やインストーラー、あるいは他のファイナリストたちと実際にどのようなコミュニケーションを取ったかにフォーカスする。第2回ファイナリストたちによるオープニングトークや、その後のメールでのインタビューを通しての言葉をもとに構成しているので、具体的にBUG Art Awardでどのようなサポートが得られるのかを知る助けになれば嬉しく思う。
粗いジュートを素材に用いて4メートルを超える作品を作った宮林妃奈子は、この素材を作品のエスキースとなるドローイングとともに持参して二次審査に臨んだという。「作品がどうなっていくのか未知の部分も大きかった」と振り返る宮林は、普段なかなか話す機会のない人々から質問をもらえる機会は貴重だったと話す。審査員からの印象的な質問として挙げたのが、「アワードがなくてもこの作品を作るのか」というもの。ジュート素材を作品にすることは決めていたため「作る」と答えたものの、BUGの「天井の開けた高さが今作品の動機に」なったと、本展で作品化する上での意義を改めて考えるきっかけになったという。
審査員からのフィードバックを自身の作品を再考する契機として捉えたのは、自転車に乗りながら撮影した映像と自身による小説とを融合させた作品を試みる志村翔太も同様だ。映像の速度や文字の視認性についてのアドバイスは、作品が鑑賞者に「観られる」ものであるという意識を強くさせたようだ。これまでは「自分の感覚で制作を進めて」きたという志村にとって、「文学作品を展示する」という自身のアイデアが「ある種の公共性を帯びていく」なかで考えるべきことが一つ明確になったようだ。
審査員の言うことを、あえて聞かないという選択
審査員コメントにあった「胡散臭い」という言葉を、「一見否定的なようで、どこか疑問の湧く印象的な言葉」と捉えた新井毬子は、生成AIが生み出したキャラクターのぬいぐるみを制作し、その顔部分に表情をプロジェクションしながら対話を聞かせるという作品を展示している。はじめはAIの読み上げ機能などの利用も考えていたという新井だが、「取るに足らない日常の会話の中に、作品として伝えたいメッセージや芯になる部分を潜り込ませる」手法に転換したそうだ。審査員コメントを逆手に取り「胡散臭さ」を強調することで、どのような作品に仕上がったかはぜひ会場で確かめてほしい。
新井の作品に対して「展示に使う什器について、色々と相談を受けたけど全然反映されていない(笑)」とオープニングトークで話した岩瀬海は、自身も審査員の言うことを「どれだけ聞かないで貫けられるか」が大事だと指摘している。「自分の作品を客観的に見るのはとても難しく、時間のかかることなので、審査員の方からのコメントはやはりありがたいもの」と話しつつも、「制作をする上で、何を作って何を作らないのか、ということに自覚的であることも大切にしています」と、自身の作品に対する姿勢について語った。
たしかに、業界で活躍する複数の審査員たちとのやり取りを重ねていくうちに、作品制作の根源的な動機から離れていってしまっては本末転倒だろう。二次審査で提出した展示プランからほとんど変更がなかった岩瀬の「どれだけ言うことを聞かないで貫けられるか」という発言には、対照的に最後まで展示プランの変更を重ねて悩んだ矢野憩啓(やの やすたか)も同意する。インストール時には、実際に展示している3倍もの量の作品を持って来ていたと話す矢野は「最初にタイトルもコンセプトも決めている」ことを難しく感じつつも、現場に入ってからの空間と作品の関係を自身で感じ取りながら設営していく過程を楽しんだように思える。
作品展示について自身の態度を決定することの重要さを強調するのは、1枚の巨大な絵画を展示した城間雄一にも共通している。隣接するスペースに展示している新井からは、周囲に目線の低い作品が並ぶことを鑑みて、あえて高い位置に展示することで作品がより際立つのではないかという提案もされて悩んだようだが、審査員やインストーラーの意見も含め「最終的には自分で決めた」と話している。「絵をかける高さ一つを取っても、自分にとってそれがどのようなものであるか」が表れるからこそ、展示は「難しく面白いもの」だと語った。
ライバルでありながら、グループ展として協力し合える関係
また、空間と作品の関係について述べるならば、矢野にとってはカフェスペースから近いことも、展示が「いやな感じにならないように」気をつけた理由の一つにあるようだ。自身の制作において「口という器官が大きく作用」していると話す矢野は、「味覚や触覚といった要素も刺激される」カフェから作品が見えることによって「何か不快」な感情を引き起こさないか恐れていたと話す。
たとえば、物量として大きな作品を展示することで威圧的な印象を与えるかもしれないと危惧した矢野だが、一方でグループ展であることが自身にもとても良い影響を及ぼしたと考えている。「大きくて繊細なものなど、必ずしも『大きい』に対して強靭なイメージがあるわけではないように」感じられる展示になった。「単語帳」をめくりながら鑑賞するのが特徴の作品だが、掲載されている語彙には「毛」など、矢野自身の作品よりも他のアーティストに関係のあるキーワードがあることにも着目してほしい。
オープニングトークでも「コンペティションのライバル関係でありながら、グループ展として協力し合える関係が最初からできていた」と新井が発言している通り、個人の作品をただ良く見せるよりも、展示としての全体の完成度を上げることにそれぞれが気を配っているように見えることも、本展の特徴の一つだろう。宮林も「グループチャットでも意見交換しながら、運送会社のおすすめを教えあったり」協力的に準備ができたと話している。
そのようなあり方を必ずしも「良しとしない参加者もいるはずなので、馴れ合いになりすぎず、そういった人も居心地の悪くならないバランスは意識」したと話すアーティストもいることからも、総じてファイナリストたちが協力し合って、本展をつくってきたということがうかがえる。審査員のフィードバックについては、ありがたくも時には受け入れない決断も大事という意見が聞かれるなかで、プロフェッショナルのインストーラーと仕事をする経験については、多くのファイナリストが肯定的に評価している。
プロフェッショナルのインストーラーがいる安心感
普段ならば予算に限りもあるため、若いアーティストがインストーラーを雇って展覧会をつくるということは、残念ながらあまりないのが実情だ。インストーラーがいることで安全性が担保できるのはもちろんのこと、「構想の段階から作品のアウトプットを複数の選択肢で思考できるというのは、作品のクオリティを底上げできる」と感じたと新井は話している。設営の前に行われるファイナリストミーティングにもインストーラーが参加していたことを挙げ、「プランの練り直しがあった際に、変更部分もオンラインで相談に乗って」くれた点に、宮林も心強く感じたという。
「美大を出ていない自分にとっては」と話す志村は、「完成のイメージだけがはっきりしていた」ため、それを実現するためにインストーラーには、あらゆる「不明な点をすべて質問」することで展覧会ができあがったという。27歳で作品制作を始め、「何歳から挑戦しても良いと、自分の決断を前向きに捉え」られるようになったという志村にとって、本展は「メモリアルな展示」になると語った。
一方で、展示経験の豊かなアーティストにとっても、プロのインストーラーと働くことには発見があったようだ。過去にも本展に出品しているような大きく重い彫刻作品を展示している岩瀬もまた「経験があるばかりに、固定方法について思い込みがありました。ちょっと考えれば分かるはずなのに気づいていなかった、もっと良い方法を提案してもらえた」ことがありがたかったと話している。
設営時に、常にインストーラーから「なにか問題はないか?」と訊いてもらえることが「心の安定にも繋がった」と話すのは新井だ。それと同時に「実際の設営の技術については、我々作家にも学べることが多分に」あったという。インストーラーとのやり取りだけでなく、審査員からも「展示方法について考えてみてほしい」というコメントもあり「恐らく今までで最も見せ方について悩んだ」展示になったと振り返っている。
二次審査を通した展示プラン段階での審査員とのディスカッションや、インストーラーとの細やかなやり取りなど、BUG Art Awardがアワード応募者のために提供している取り組みは、いずれも「キャリアの支援」をはじめとしたBUGが掲げる活動方針に基づくものだ。リクルートホールディングスという資本力ある大企業が運営しているからこそ実現した、類を見ないサポート体制になっていると感じる。グランプリを目指すことはもちろん、自身のキャリアステップや能力向上のためにも、尻込みせず存分に活用してほしい。
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