はじめに

展覧会会場のBUGは、2023年9月20日に、株式会社リクルートホールディングスが運営するアートセンターとして東京駅八重洲南口側にあるグラントウキョウサウスタワー1階にオープンした。リクルート社は、これまでも銀座で30年以上クリエイションギャラリーG8とガーディアン・ガーデンを運営してきた経緯があり、この二つの施設では、主なジャンルとしては、デザイン、グラフィック・アート、写真の分野の活動が紹介されてきた。
BUGの開館は、こうした流れの延長にあるものの、これまでの表現分野から広く美術の分野に広げている。と同時に、BUGは、これからの文化活動を支える新たなスキームの一つとしても注目すべきだろうと考える。というのも、こうした文化活動を支えてきたパブリック・サービスが大きな転換点を迎えており、そうした文脈の中での位置付けも必要と思われるからだ。

展覧会の内容に入る前にまずこの点について論じてみたい。
リクルート社が、30年以上もの間、文化活動を支えるインフラを整備してきたのはすでに述べた。美術の分野に限って言えば、旧来の美術作品のプレゼンスは、美術館、あるいは商業画廊が大きな位置を担ってきたのは歴史的にも長い。一方で、中でも、国内の美術館(国公立)という公的機関では、概ねその財源を税収に依存してきており、昨今の日本の人口減、とりわけ労働人口の著しい減少は、税収の落ち込みを生み、その経営に深刻な事態を招いている。一方、ここ数年、公的機関という非営利組織に対して、企業などの営利組織が積極的に文化活動に乗り出しているのは良く知られている。そこには、非営利の財団を母体とする美術館(アーティゾン美術館、ポーラ美術館、泉屋博古館、静嘉堂文庫美術館等々)もあるが、そうしたスキームではないこのBUGの運営に見られるような非営利活動が散見されはじめている。企業の本業を通じて行われる社会貢献であるCSRや本業の余力で行われる活動であるフィランソロフィーなどがあるが、企業にとっては、こうした活動抜きにして消費者の企業活動への賛同を得られないのはもはやデフォルトだろう。ここでは、詳細に述べる余裕はないが、益々加速する企業の社会貢献の行末を占うという意味でBUGの活動は見逃せないだろう。それは、BUGが示している活動方針に良く表れている。ここでは、ジェンダー平等はもとよりアーティストとの適正なパートナーシップが、具体的な参加フィーなどの支払いの環境整備の明記とともに示されている点は特筆されて良いだろう。実際に、こう謳われている。

– アーティストフィー/キュレーションフィーなどの各種報酬の適切な設定。
– 契約の締結にあたり、事前の内容説明と確認を実施。
– 契約書には著作権等をはじめとしたお互いの権利や報酬/制作費について明記し、実動開始前に契約を締結。
– 展覧会の運営に際して、アーティストやアートワーカーの怪我等に対応できる保険に加入。(https://bug.art/about/より引用)

実際にこうした点を明確に表明している組織は他にあまりないだろう。加えて、美術家を取り巻くアーティスト・フィーなどの金銭的条件の劣悪な環境に対しても一石を投じることになるだろう。

投企(プロジェクト)としての展覧会
さて本展「バグスクール:うごかしてみる!」は、インディペンデント・キュレーターの池田佳穂によって企画されている。出品作家は9名、内田涼、柿坪満実子、野口竜平、平手、藤瀬朱里、堀田ゆうか、前田耕平、光岡幸一、渡邊拓也。
キュレーターのコメントを引用すると以下のようになる。

2023年9月にグランドオープンしたアートセンターBUG。東京駅直結でカフェが併設した空間ですが、どのような場に育っていくのか未知数の段階です。そこで「展示と鑑賞」だけではないアートセンターの新しい可能性として、1989-99年生まれのアーティスト9名と協働し、32日間限定の実験的な学び場「バグスクール:うごかしてみる!」を開催します。
本企画の参加アーティストは、身体の持つ偶発性や無意識に蓄積された感覚を創作の起点にしたり、身体を媒介に社会、環境、他者との関係性を再解釈したりと、多様な世界観を深めながら、身体というチャンネルに焦点を当て制作しています。今回は過去作と新作を交えた小展示に加え、学び場として、鑑賞者との対話もしくは体や手を用いる参加型プログラムを中心に展開します。このプログラムではアーティストが成果物や技術を一方的に伝えるのではなく、制作過程に存在する物語、感覚、思考を参加者と共有し、互いの価値観や考え方を理解することを目指します。
タイトルの「うごかしてみる!」には鑑賞者の感覚や思考を揺り動かすようなアーティストの実践と、同時期に実施される多彩なプログラム群を通じて、新しく始まったアートセンターBUGでさまざまな共鳴が生まれてほしいという期待が込められています。この冬に現れる期間限定の学校で、一緒に学び合いましょう。
https://bug.art/exhibition/bugschool-2023/)より引用

ここで述べられているように、作品から構成される展覧会に加え、各アーティストとの参加型のプログラムが用意されている。対話型の鑑賞法などに見られるように、作品と鑑賞者の間で知識の集積を行うのではなく、創造性を両者の間で共有する傾向は益々増加している。そこでは、期待される答えをいうよりは、思いがけない気づきや発見が主要なテーマとなっている。

さて、ここで、出品作家全員の作品について詳細に述べる余裕はないが、
各作家の作品についてのインタビューから幾つかの言葉を拾い上げてみるとそれぞれ異なった形式や方法の作品ではあるが、そこには、共通した点が見出される。
まずは、どの作品も美術=Fine Artの原則から逸脱している点だろう。例えば、絵画=平面作品、ドローイングといった言葉から想起されるコンベンショナル(型に嵌った=伝統的な)な技法ではなかったり、再現表象としての属性を表現者が意図する一つのイメージに収斂していくようなプロセスを出来るだけ逸脱しようとしている点である。さらに全員の作家が、過去の作品をそのまま展示するのではなく、何らかの方法で、新たな試みを行っている点もまた特筆されるだろう。それぞれの作家の言葉から抜き出したメモを記してみると、何か道筋をつけながら構築して行くというよりは、まず制作や展示という行為を投げ出す=投企するところから始めている点が印象的だ。ここでは、そもそも人間が生を受けた時点で、世界に投げ出されている(投企)のだが、システムとしての社会の規範や制約などによってあたかも理路整然として生を構築しているという姿とは別の生の在り方すら示しているように思える。

内田涼
絵画はかつて再現表象として位置付けられていたが、ここでは、内田自身が描く形象がそもそも一つの形象に収斂するのではなく見るものによって様々な形として認識することを望んでいる節さえある。

 

柿坪満実子
柿坪は平面的なセラミックを一つ一つ台座に並べた展示を行っている。セラミックには昔見た海の光景としてのブルーの彩色で波のような模様が施されている。

 

野口竜平
蛸に着想を得た「蛸みこし」という代表作がある。蛸はここ20年くらいの間に科学的な調査によって高い感受性や知能があることが証明されているが、野口はそうした成果も踏まえつつ、蛸の八本の足を自立した人格=知性として捉え、それが一体の蛸=社会の形成として譬えている。

 

平手
平手は鑑賞者に、自ら製作した人形に触ることを推奨している。平手は、他者とコミュニケーションを結ぶことの困難性、あるいは不可能性といった自伝的記憶をもとに制作活動を行っている。

 

藤瀬朱里
ペンや鉛筆、木炭で制作されるコンベンショナルな意味でのドローイングではなく、ここでは、漉いた紙や糸を使って実際に描くというよりは、こうした媒体自身が持つメッセージを使いながら表現。

 

堀田ゆうか
ハンドスキャナー、支持体に身体の痕跡を組み込む、痕跡を剥がす。データのプリント、身体の解体。

 

前田耕平
川への愛着。ここでは匿名の川をめぐる自身の身体的な経験とパフォーマンスの試み。

 

光岡幸一
場所性を常に重視する。祭壇のような壁を見て登ることを思いつく。まずは行為を優先する。

 

渡邊拓也
タイル工場の工員を取材し、そこに見出される生産行為=労働の過程における肉体的、あるいは精神的な負担によるズレに注目。身体的な負荷として作家自身が再現。

予定調和ではなく、作り手ですら行為の先に何があるのか判然としていない。あたかも、道に迷うことすら受け入れ、思いもよらない出逢いや風景を見出すことを受け入れているようだ。

今回は、こうしたモノとしての作品展示に加え、鑑賞者とのワークショップがプログラム化され、視覚的鑑賞を超えた身体的経験によって作品との重層的な関係が持てるように工夫されている。これもまた作品が持つ属性と繋がる構造を持っており、言わば展覧会全体が常に変化する潜在力を示している。

 

備考:ここで使用した「投企(プロジェクト)」は、ドイツの哲学者マルティン・ハイデガーによる、現在から未来に向かって進むということであり、そのために自分自身を未来に投げかけていくということをさす。

天野太郎/Taro AMANO
キュレーター

2022年より東京オペラシティギャラリー チーフ・キュレーター。
北海道立近代美術館勤務を経て、1987年の開設準備室より27年あまりの長きにわたり横浜美術館に勤務し、「ニューヨーク・ニューアート チェース マンハッタン銀行コレクション展」(1989)、「森村泰昌展 美に至る病 ―女優になった私」(1996)、「奈良美智展 I DON’T MIND, IF YOU FORGET ME.」(2001)、「ノンセクト・ラディカル 現代の写真 III」(2004)、「アイドル!」(06年)など、同館の数多くの展覧会の企画に参画。その間「横浜トリエンナーレ」のキュレーター(2005)、キュレトリアル・ヘッド(2011,2014)、札幌国際芸術祭2020統括ディレクター(2018-2021)を務めるほか、昭和女子大学、城西国際大学などで後進の指導にあたるなど、豊富な経験と実績で知られている。