「サテライト・コール・シアター」は、都市に仮設された擬似的なコールセンターであり、「家」でのケアの物語に触れられる劇場です。そこでは、「家でのケア」に関する物語が上演されます。

「家」でのケアに従事する「ホーム・ケアリスト」たちは、約3ヶ月間、「ナラティブパートナー」との対話を重ね、自身のケアの物語を執筆します。会期中、会場=コールセンターには、ホーム・ケアリストそれぞれの「家」から電話がかかり、様々なモノローグが交差する「サテライト・コール・シアター」が立ち現れます。

「ケア」という行為に不確実性が満ちているように、電話がいつかかってくるかはわかりません。電話が鳴ったら、コールセンターの臨時職員としてホーム・ケアリストの「物語」や「見えない痛み」の声=台詞に耳を傾けてください。長い時間電話がかかってこないこともありますが、それまでは会場にてゆっくりとお過ごしいただけます。


企画者より

東京という街は「スマート」だ。 

スマートという言葉の語源は、「痛み」らしい。痛みには他の感覚を排除させる力がある。痛みについて、思いを巡らしていると、数ヶ月前、東京駅周辺にあるオフィスビルの廊下でたまたま目にした光景が痛烈に蘇った。 

打ち合わせの時間に遅れそうな私は、エレベーターを降り、足早に指定された場所に向かっている。ふと、非常階段から、押し殺された男性の声が聞こえ、足を止めた。「母さん、大丈夫?落ち着いて。薬飲んだ?会議が終わったら、すぐに帰るから。とにかく、落ち着いて。」震えるその声とセリフは、その場所には非常に不釣り合いで、私は思わず、聞かなかったことにした。私は俳優で、俳優の仕事は、他者を想像することなのに。 

社会は、見えないことになっている、たくさんの「痛み」であふれている。私は、それらの「痛み」を想像することを、いつのまにか放棄してしまっていたのかもしれない。それらの「痛み」は、見えないのではなく、私が無意識に「見えないことにしていた」かもしれないのに。 

見えないことになっている「痛み」を受け取るためのコールセンターを作りたいと思った。そして、そこは「劇場」となる。演劇の起点ともいわれるディオニシオス祭。ディオニシオスは、アテナイ人が抑制しようとした、生まれながらの野性的な人間性をあらわす神様だ。当時、演劇の機会というのは、人々が抑圧されたものを発散する機会であり、日常生活の中では、普通には話されることのない考えや感情を浮き彫りにすることが許される場だった。政治や社会に直接意見を言えない立場であっても、台詞(フィクション)になることで、あーだこーだ言えてしまう。 

「劇場」という場が、東京という場所で行き場を失い彷徨っている物語を受けとることで、東京が「スマートシティ」から「ケアリングシティ」に生まれ変わることを願って。 

竹中香子/Kyoko TAKENAKA

一般社団法人ハイドロブラスト プロデューサー・俳優・演劇教育
2011 年に渡仏。日本人としてはじめてフランスの国立高等演劇学校の俳優セクションに合格し、2016年、フランス俳優国家資格を取得。パリを拠点に、フランス国公立劇場を中心に多数の舞台に出演。2017年より、日本での活動も再開。俳優活動のほか、創作現場におけるハラスメント問題に関するレクチャーやワークショップを行う。2021年、フランス演劇教育者国家資格を取得。主な出演作に、市原佐都子作・演出『妖精の問題』『Madama Butterfly』。太田信吾との共同企画、映画『現代版 城崎にて』では、プロデュース、脚本、主演を担当し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2022 にて優秀芸術賞を受賞。2024年初戯曲を執筆し、YAU CENTERにて『ケアと演技』を上演。太田信吾との共同演出作品『最後の芸者たち』は、Festival d’Automne Paris 2024のプログラムとしてパリで上演される。初の長編映画プロデュース、太田信吾監督作品『沼影市民プール』が、全国公開を控える。「演技を、自己表現のためでなく、他者を想像するためのツールとして扱うこと」をモットーに、アートプロジェクトの企画を行う。

   

一般社団法人ハイドロブラスト
2019年に、映画監督・俳優の太田信吾が映像と演劇を手掛ける団体として設立。2022年より、俳優の竹中香子がプロデューサーとして加入。ドキュメンタリー的手法をベースに、企画ごとに役割を規定し、複眼的な作品創作を目指す。代表作に、太田信吾監督映画『わたしたちに許された特別な時間の終わり』『解放区』、パフォーマンス『最後の芸者たち』『ケアと演技』など。


⚫︎語る・聞かれる
ケアに関する物語の執筆に向けて、過去/現在の体験を語る。ナラティブパートナーと協働することで、自分でも気づいていなかった想いや葛藤を外在化する。

⚫︎書く
自分から出てきた言葉を「台詞」として書き直すことで、フィクションとしての自分の物語に出会い直す。

⚫︎演じる
『サテライト・コール・シアター』にやってくる観客に電話を通して、モノローグを語る。

   

ホーム・ケアリスト

「家」でのケアに従事している方々を意味する「ホーム・ケアリスト」という新たな言葉を提案します。家でのケアには、それぞれの家の独自のルールと専門性があります。社会ではなかなか垣間見ることができない、家でのケアのスペシャリストとして、全国から個々の物語を紡いでいただきます。

ナラティブパートナー

ホーム・ケアリストたちのテキスト執筆過程に「傾聴」と「対話」を通して寄り添う「伴走者」です。様々な現場で「他者を想像する」プロフェッショナルの方々が、ホーム・ケアリストたちの自発的な創作をサポートします。

空間コンセプト

「コールセンター」でありながら、カフェエリアとも繋がる会場では、仕事をしたりお茶をする場としても利用できます。その中で作品にハプニング的に出会い、現実とフィクションが絶妙に混ざり合う場として開かれています。
様々な人が行き交い、他者の生の声が響き合う空間は、作品によって姿を変える劇場のように、毎日少しずつ変化していきます。

※滞在推奨時間:60分


表現の現場でのハラスメント対策に関して 

表現の現場でのハラスメントが深刻化しています。ハラスメント防止ガイドラインを作成したり、事前にハラスメントに関する講習を受けるなど、事前の対策が進んでいます。しかし、個人的には、ハラスメントはひとりひとりの「心構え」で防げるものではなく、可視化されにくい創作環境の「構造」によって引き起こされてしまうものではないか、と感じています。この見えない敵と戦うためには、安心で安全な労働環境を担保する必要があります。このプログラムでは、人件費にかけるお金を節約しないということをモットーに準備を進めてきました。関わる人すべての創造性が搾取されない労働条件を設定し、ひとりひとりの心構えに頼らない、新しい「安心・安全」な創作環境を目指します。
(企画者:竹中香子)


開催情報

会期

2025年7月4日(金)– 7月21日(月・祝)

時間

11:00-19:00

休館日

火曜日

入場料

無料

主催

BUG

企画・演出

竹中香子

ホーム・ケアリスト

全国から公募した「家」でのケアに従事する方々

ナラティブパートナー

うちはし華英(文筆家)
佐々木将史(編集者)
田村かのこ(アートトランスレーター)
萩原雄太(演出家)
南野詩恵(劇作家・演出家・衣裳作家)

空間デザイン

中村友美

制作

佐藤瞳

プロデュース相談

武田知也(一般社団法人ベンチ

演出相談

太田信吾(一般社団法人ハイドロブラスト)

※本企画はBUGが開催するアートワーカー(企画者)向けプログラム「CRAWL」の選出企画として開催されます。