「サテライト・コール・シアター」は、都市に仮設された擬似的な劇場で、そこには、コールセンターの舞台セットがあり、「家でのケア」に関する物語が上演されます。
「家」でのケアに従事する「ホーム・ケアリスト」たちは、約3ヶ月間、「ナラティブパートナー」との対話を重ね、自身のケアの物語を執筆してきました。

会期中、会場=コールセンターには、ホーム・ケアリストそれぞれの「家」から電話がかかり、様々なモノローグが交差する「サテライト・コール・シアター」が立ち現れます。ケアという行為に不確実性が満ちているように、電話がいつかかってくるかはわかりません。電話が鳴ったら、コールセンターの臨時職員として ホーム・ケアリストの「物語」や「見えない痛み」の声=台詞に耳を傾けてください。

長い時間電話がかかってこないこともありますが、それまでは会場にてゆっくりとお過ごしいただけます。

※ 滞在推奨時間:60分

●ホーム・ケアリスト
「家」でのケアに従事している方々を意味する「ホーム・ケアリスト」という新たな言葉を提案します。家でのケアには、それぞれの家の独自のルールと専門性があります。社会ではなかなか垣間見ることができない、家でのケアのスペシャリストとして、全国から個々の物語を紡いでいただきます。

●ナラティブパートナー
ホーム・ケアリストたちのテキスト執筆過程に「傾聴」と「対話」を通して寄り添う「伴走者」です。様々な現場で「他者を想像する」プロフェッショナルの方々が、ホーム・ケアリストたちの自発的な創作をサポートします。


企画者より

東京という街は「スマート」だ。 

スマートという言葉の語源は、「痛み」らしい。痛みには他の感覚を排除させる力がある。痛みについて、思いを巡らしていると、数ヶ月前、東京駅周辺にあるオフィスビルの廊下でたまたま目にした光景が痛烈に蘇った。 

打ち合わせの時間に遅れそうな私は、エレベーターを降り、足早に指定された場所に向かっている。ふと、非常階段から、押し殺された男性の声が聞こえ、足を止めた。「母さん、大丈夫?落ち着いて。薬飲んだ?会議が終わったら、すぐに帰るから。とにかく、落ち着いて。」震えるその声とセリフは、その場所には非常に不釣り合いで、私は思わず、聞かなかったことにした。私は俳優で、俳優の仕事は、他者を想像することなのに。 

社会は、見えないことになっている、たくさんの「痛み」であふれている。私は、それらの「痛み」を想像することを、いつのまにか放棄してしまっていたのかもしれない。それらの「痛み」は、見えないのではなく、私が無意識に「見えないことにしていた」かもしれないのに。 

見えないことになっている「痛み」を受け取るためのコールセンターを作りたいと思った。そして、そこは「劇場」となる。演劇の起点ともいわれるディオニシオス祭。ディオニシオスは、アテナイ人が抑制しようとした、生まれながらの野性的な人間性をあらわす神様だ。当時、演劇の機会というのは、人々が抑圧されたものを発散する機会であり、日常生活の中では、普通には話されることのない考えや感情を浮き彫りにすることが許される場だった。政治や社会に直接意見を言えない立場であっても、台詞(フィクション)になることで、あーだこーだ言えてしまう。  「劇場」という場が、東京という場所で行き場を失い彷徨っている物語を受けとることで、東京が「スマートシティ」から「ケアリングシティ」に生まれ変わることを願って。(竹中香子)

企画者プロフィール

竹中香子 プロフィール写真
竹中香子/Kyoko TAKENAKA

一般社団法人ハイドロブラスト プロデューサー・俳優・演劇教育
2011 年に渡仏。日本人としてはじめてフランスの国立高等演劇学校の俳優セクションに合格し、2016年、フランス俳優国家資格を取得。パリを拠点に、フランス国公立劇場を中心に多数の舞台に出演。2017年より、日本での活動も再開。俳優活動のほか、創作現場におけるハラスメント問題に関するレクチャーやワークショップを行う。2021年、フランス演劇教育者国家資格を取得。主な出演作に、市原佐都子作・演出『妖精の問題』『Madama Butterfly』。太田信吾との共同企画、映画『現代版 城崎にて』では、プロデュース、脚本、主演を担当し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2022 にて優秀芸術賞を受賞。2024年初戯曲を執筆し、YAU CENTERにて『ケアと演技』を上演。太田信吾との共同演出作品『最後の芸者たち』は、Festival d’Automne Paris 2024のプログラムとしてパリで上演される。初の長編映画プロデュース、太田信吾監督作品『沼影市民プール』が、全国公開を控える。「演技を、自己表現のためでなく、他者を想像するためのツールとして扱うこと」をモットーに、アートプロジェクトの企画を行う。

一般社団法人ハイドロブラスト
2019年に、映画監督・俳優の太田信吾が映像と演劇を手掛ける団体として設立。2022年より、俳優の竹中香子がプロデューサーとして加入。ドキュメンタリー的手法をベースに、企画ごとに役割を規定し、複眼的な作品創作を目指す。代表作に、太田信吾監督映画『わたしたちに許された特別な時間の終わり』『解放区』、パフォーマンス『最後の芸者たち』『ケアと演技』など。


作品のみどころ
(企画・演出:竹中香子)

〈フィクションのインフラ〉としての劇場空間

「サテライト・コール・シアター」は、“聞き逃されてきた声”を受け取るための装置としての「劇場」です。劇場とは、決して完成された上演を観るための“箱”ではなく、誰もが一時的に“役”を引き受け、他者と関係を築くことが許される〈フィクションのインフラ〉です。そのフィクションの中でこそ、人は現実を演じなおすことができるのかもしれません。

古代ギリシャのディオニシオス祭では、普段語ることのできなかった感情や思想が、演劇というかたちで公に発せられることが許されていました。政治や社会に直接声を届けられない立場にあっても、台詞(フィクション)というかたちを借りれば、「あーだこーだ」と言えてしまう──その仕組みこそが、演劇の始まりだったとも言われています。

フィクションという担保・言い訳のもと、言えてしまう本当の気持ちがある。「劇場」という場が、行き場を失い彷徨っている物語を受けとることで、東京がスマート・シティからケアリング・シティ*に生まれ変わることを願って。

*ケアを社会の中心に据え、人と人の支え合いを大切にする都市のあり方。目に見えにくいケアの営みに光をあて、すべての人の尊厳と暮らしやすさを支える新しい都市モデルです。

独自のルールと創造性に満ちた、「家」でのケアの現場に光をあてる

本企画で語られるのは、「家」でのケアにまつわる物語です。私は、子育てや介護など「家」でのケアに従事する人々の実践が、あまりにも専門的で、そして驚くほどクリエイティブであると感じていました。その思いから、彼らとともに作品をつくりたいと考え、全国から公募を行いました。

このプロジェクトに参加する12名の語り手を、私たちは〈ホーム・ケアリスト〉と呼んでいます。この名称は、家庭内でのケアを担う人々の専門性と重要性を再評価し、社会の中で尊重されるべき仕事であることを示すために選びました。

制度化されたケアとは異なり、その家、その人、その関係ごとに生まれる独自の工夫と選択。誰かのマニュアルには書かれていないけれど、そこには現場でしか得られない知識と、状況に応じて編み出された想像力が息づいています。

しかしその一方で、家でのケアは、社会的に“当たり前”とされ、特別視も評価もされにくいのが現実です。そして何より、ケアリスト本人たちでさえ、それを「当然のこと」として引き受けてきた背景があります。 そうした静かな営みに光をあて、その複雑さや創造性を「語ること」「聴くこと」を通じて社会に開いていく試みです。

“創作”の再定義としての対話と協働

本企画は、演出家が単独で「つくる」作品ではありません。12名のホーム・ケアリストと5名のナラティブパートナーが、対話と関係を育みながら、共に立ち上げていきます。ナラティブパートナーは、語り手の物語を“引き出す”のではなく、迷いや揺れとともに隣に「いる」存在。協働することで、ケアリストたちは、ひとりでは気づけなかった思いや、知らなかった自分に出会ったかもしれません。自分という存在が、球体ではなく、多面体であると気づく時間。そしてこの営みそのものが、ケアする人にとっての“ケア”にもなったのではないか。

今回、何より大切にしたのは、創作を担保にして、誰かの現実がそっと動き出す余白をひらくことでした。私たちにとって、このプロジェクトが成果として評価されること以上に、関わった人たちがこの創作に参加してよかったと思えることの方が、ずっと大切です。 最終的に生まれるのは、完成された「成果物」ではなく、創作そのものが「ケアすること/されること」と重ねながら進めていく芸術のかたち——誰かと関わり、耳を傾け、想像しようとした痕跡の集積かもしれません。

   


開催情報

会期

2025年7月4日(金)– 7月21日(月・祝)

時間

11:00-19:00
※イベント開催のため7/4(金)は17時半に閉館、7/5(土)、7/10(木)、7/11(金)は18時に閉館します。

休館日

火曜日

入場料

無料

主催

BUG

※本企画はBUGが開催するアートワーカー(企画者)向けプログラム「CRAWL」の選出企画として開催されます。